古いものにひと手間をかけて、新しいものに。
そんな手間を惜しまない人の「人手間」によって、いなべ市藤原町立田地区にある裁縫作業所が、アトリエとして生まれ変わった。
「朽ちた床を剥がしたら真っ白なコンクリートだったので、全部剥がしてしまおうと思って」と話すのは、
平成29年4月から地域おこし協力隊として活動する田中翔貴さん。
アトリエ「人 手 間 hitotema」を拠点として、都市と農村との交流を目的としたグリーン・ツーリズムの推進を行う。
(左:奥さんの田中久美子さん 右:田中翔貴さん)
一見古い鋼板作りの倉庫だが、一歩中に足を踏み入れると外観とのギャップに感嘆する。
白い土間に、明るい木目の展示壁。色とりどりの絵や、可愛らしい作品が並ぶ。
2階へ続く階段を上ると、広いワンフロアの部屋に、大きな机や道具の入った棚が据え付けられている。
アナログ写真を用いた作品も作るそうで、暗室まで自作したというから驚く。
大人が入ってもワクワクするこの空間は、子どもにしてみたらもはや秘密基地だ。
芸術大学出身で、大学助手を務めていた田中さんは、実家の北名古屋市から程近いところでアトリエを探していた。
「最初はいなべ市のことを知らなくて。人から教えてもらった時も、『へぇ、そんなところがあるんだ』という感じだった」と話す。
何事もタイミングとは良く言ったもので、田中さんがいなべ市に興味を持った時も正にそんな感じだったという。
初めて訪れたいなべ市のカフェで、地域おこし協力隊の話を耳にしたことがきっかけだった。それからとんとん拍子で話が進み、作業所をアトリエとして借り受け、移住するまでに至った。
「何より風土が良くて、緑が近い。名古屋までも意外と近いしちょうど良かった」そうして移住した1年目は怒涛のように過ぎ、今年2年目の春を迎える。
現在は、このアトリエで草木染めや、枝葉で作った筆で絵を描くワークショップなどを定期的に行っている。
また地域の魅力と、自身の活動を発信するために、季節ごとにフリーペーパーを発刊している。
ワークショップのスケジュールは正直ギリギリですよ、と困ったように笑いながら本音をこぼす一方「でも続けていくことが大切だから」と、あくまで前向きだ。
また、アトリエ以外の活動拠点として、地区にある古い公会堂の整備も進めている。この公会堂は善行寺の境内にある。
現在ほぼ使われていないが、「すごく雰囲気がある。使わないのはもったいない」という田中さんの発案で、ボロボロだった畳を地区が一丸となって全て取り払い、板張りの床を磨き上げた。
この建物は旧立田小学校の木造校舎の一部を移築したもの。
地区の人ですら知らないエピソードも出てきたり、古いものからはたくさんの会話が生まれる。
もう一度みんなんが集える場所に。そんなきっかけから、秋に古道具市を開くという新たな企画に向け動き出している。
地域に馴染むにつれ感じたことは、立田地区の「何かしたい」という意欲の強さだという。
高齢化が進んでいるものの可能性を秘めたこの地区で、田中さんは自身のやっていきたいことと繋げていきたいと意欲的だ。
「立田地区には相談出来る人生の先生も多い。きちんと話を通していけば、皆と一緒に出来ることがたくさんある」
実家に住んでいた時は地域コミュニティなど他人事だと思っていたが、今では紛れもない「自分事」になっている。
地区にあるものを活かし、古いものを新しく作り替える自身の活動を「直して、直して…業者みたいですよね」といって屈託なく笑う田中さん。
自ら飛び込んだ境遇を楽しんでいるその姿は、間違いなく立田地区に新しい風を吹きこんでいくだろう。
【Credit】
〈取材撮影ご協力〉
地域おこし協力隊 田中翔貴さん
〈撮影〉
高橋博正写真事務所/山の上スタジオ
高橋 博正
※一部田中さんから写真提供
〈インタビュア〉
いなべ市役所 企画部 政策課