昭和の面影が色濃く残る阿下喜(あげき)は、まっすぐに続く坂道の両側に商店が立ち並ぶ。
かつては三重県いなべ市の中心街であった。
随所に残された古い町の景観や、住民に長く愛される飲食店からは、当時の賑わいを感じることができる。
中でも路線自治体の支援によって現役で走り続ける三岐鉄道北勢線は、今も昔も変わらず阿下喜の駅から乗客の希望や夢を乗せ、人々を運び繋いでいる。
2017年、阿下喜の商店街にギャラリー『岩田商店』が新しくオープンした。
住民の憩いの場でもあり、いなべに集う表現者たちの交流の場でもある。
そんな岩田商店で、今年の2月、自身の作品展『KEKKI』を開催していた安藤誠也さんも、そんな表現者の1人だ。
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いなべの空気、景色、人々、
すべてが発想のベース。
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生まれがいなべ市である安藤さんは、高校で美術を教えるかたわら、いなべ市を拠点に作品を作り続けている表現者でもある。
手法やジャンルにとらわれず自由な発想で、空間と向き合う作品作りが特徴的で、スケッチから立体、さらには映像までと表現の幅は広い。
いなべの自然や原風景、そして教員としての仕事や授業、生徒との交流のすべてが表現者としての発想のベースになっているという。
そんな安藤さんが語るいなべの魅力の1つに『北勢線』がある。
北勢線は日本に3つしか残っていないナローゲージ(特殊狭軌)の路線。
昭和の風情の残る配色と、小さな車体。
一度は廃線にまで追いやられたが、いなべに暮らすひとたちの原風景でもあり、暮らしの動脈でもある北勢線は、
路線自治体の支援を受けて、今でも町のひとたちに愛されながら現役で走り続けている。
それをずっと見てきた安藤さんの穏やかな語り口から、いなべの力強い山々を背に、田園を彩るように走る北勢線を思い浮かべてみると、
いなべの暮らしの中から世界中に羽ばたく芸術家が育まれるのも、絵空事ではないように感じる。
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アートがつなぐ町とひと。
表現の現場が未来につながる。
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安藤さんにとって、『岩田商店』というギャラリーが阿下喜にオープンしたというニュースは、とてもうれしい出来事だった。
元々ギャラリーが無かったいなべの町に、住民も表現者も一緒になって気軽にアートを楽しめる場ができたこと。
表現者として、自分自身の作品の発表の『場』が故郷に誕生したこと。
そして何より教師として、子どもたちの未来につながるアートの『現場』ができたということを、熱く語ってくれた。
ギャラリーの誕生を喜んでいるのは表現者や学生たちだけではない。
阿下喜の商店街の玄関口に位置する『岩田商店』には老若男女問わず、たくさんのひとが集まってくる。
近所の子どもたちにとってギャラリーに飾られる多種多様なアート作品は、感性を刺激してくれる豊かなものであり、
年配の方々にとっては帰りに少し寄って行ける休憩所のような役割を果たしてくれる場所だ。
夜な夜な灯る明かりは、暗い帰り道を照らしてくれる。
例えばこのギャラリーでたくさんの作品を見て育ったいなべの子どもたちが、この地を拠点に活動する表現者になる。
そんな将来の可能性を、この『岩田商店』という場所と、そこに集う表現者や人々から感じるのであった。
2017年、阿下喜の商店街に生まれたアートギャラリー。
オープン以降、様々なジャンルの表現者たちの作品が展示され、老若男女問わず、町のひとが集う交流の場に。
【住所】 三重県いなべ市北勢町阿下喜1051-10
【電話番号】0594-41-5220
【Credit】
〈撮影場所〉
岩田商店 ギャラリー
〈取材撮影ご協力〉
安藤 誠也さん
〈撮影〉
フォトグラファー 熊谷 義朋
〈インタビュア・テキスト〉
PARK GALLERY 加藤 淳也
〈衣服〉
toi designs とわでざいん
着るひとの暮らしに寄り添いながら『永遠(とわ)に着られる服作り』をコンセプトに名古屋を拠点に活動するブランド。
安藤さんが着流すコートの『黒』は、柿渋染めによるもの。
完全な黒ではなく、どこか優しさを感じる風合いの黒。
作品製作中や授業中に、絵の具がついてしまっても味だと toi designs は語る 。