三重県いなべ市は、自然豊かな町。
いなべに暮らすひとたちに、いなべの魅力を尋ねると、多くのひとが、滋賀県との県境にそびえ立つ鈴鹿山脈を仰ぎ見る。その眼差しはみんな優しく、力強い。
いなべで生まれ育ったひとも、移住したひとも、ひとりひとりの想いはそれぞれ違うけれど、同じような眼差しで、季節ごとに表情を変える山々を見つめている。
鈴鹿山脈の北部に位置する藤原岳の麓で、江戸時代に建てられたといわれる古民家に夫婦で移住し、農作業や趣味の時間を紡ぎながら静かに過ごす太田潤さん、真衣さん夫婦の暮らし。
いなべの自然に囲まれながら、古いものを大切にし、新しいことを切り開いていく2人の、これからの可能性に出会う旅。
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朝焼けに彩られる山の風景。
『当たり前』が『贅沢』に染まる。
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冬のいなべは魅力的だ。
澄んだ空気の中、青空の下で樹々や山に覆いかぶさる雪の美しさもさることながら、その雪は、藤原岳の個性を最大限に引き出してくれる。
2017年の春、農業を営むべく、いなべ市藤原町に移住した太田夫妻は、美しい山脈に囲まれたこの町の景色に、まず感動したという。
朝まだ暗い中、早起きして、底冷えのする古民家のストーブに火をつける。
江戸時代に建てられたとされる木造の家の柱も壁も、まるで生き物のように目を覚まし呼吸しはじめる。
身支度を整え、犬の散歩に出かける頃、冬のいなべの朝は真っ赤に染まる。
全方位を囲む雪山に、朝焼けが反射して美しい。
ずっとここに住んでいるひとにとっては当たり前に思える毎日の景色も、私たちにすれば贅沢な時間だと、真衣さんは言う。
隣町の団地に住んでいた時には気づかなかったいなべの魅力。
近い将来、自分たちの畑で『藍』を育て、趣味だった藍染めや草木染めを本格的にはじめたいと話す真衣さんにとって、自然が彩る鮮やかな色は、かけがえのないものだ。
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耕せば耕すほど広がっていく、
いなべ暮らしの『可能性』。
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夫の潤さんは、もともと四日市市の出身。
いなべ市の『ゆうき農園』(同じ藤原町にある農園)で働き始めたのがきっかけで農業に目覚める。
次第に自分で畑をやりたいと思うようになり、農地を探し始め、いなべへの移住を決めた。
縁あって、耕作放棄地になってしまった土地を畑として借りることができたのだ。
高齢化が進む中で増えていく耕作放棄地を耕し、再生できる若い力が、いなべにも求められている。
古い家を大切に使いながら、新しい土地を耕し、開拓していく。
耕せば耕すほど可能性は広がる。そんな太田夫妻の暮らしの中に、いなべ暮らしの魅力の原点があるような気がした。
農業を軸にしっかりと生活できるようにしたいと語る太田夫妻。
ゆくゆくは、古民家を有効活用し、農業体験や藍染めのワークショップが行えるゲストハウスの経営なども視野に入れている。
せっかくなら、いなべにゆっくり泊まって、おいしい野菜を食べて、ぜひ、朝焼けに染まる山の景色を見てほしい。
そんな想いが、いなべという町にまた新しい可能性をもたらそうとしている。
【Credit】
〈撮影場所〉
太田夫妻 自宅 藤原町立田
〈取材撮影ご協力〉
太田 潤さん、真衣さん
〈撮影〉
フォトグラファー 熊谷 義朋
〈インタビュア・テキスト〉
PARK GALLERY 加藤 淳也
〈取材日〉
2018年2月7日(水)