その日、藤原岳へと通り抜ける夏の風が、音色を聴衆へ、森の中へと届けた。
いなべ市立大安中学校(以下大中)吹奏楽部。
コンクールで度々好成績を残し、サマーコンサートや、学校の垣根を超えたサウンドフォレストコンサートなど演奏会活動も活発に行う。現在は1年生から3年生まで47人が所属している。
薄曇りで暑さが和らいだ8月8日、市内のにぎわいの森で、同部は演奏会を開催した。
「今年の3年生はとにかくまじめ。コツコツと練習をする」
と、顧問の三輪友香利先生は話す。
見えないところでも努力をし続け、できないことを克服してきた学年だ。
このメンバーでコンクールに挑みたいと期待を抱いた。しかし、コロナ禍でコンクールが中止に。演奏会も今年はこれまですべてなくなっていた。
引退を控えた3年生は、8月が現メンバーで演奏する最後のチャンス。
「何とか晴れの舞台を用意したい」と、学校、保護者、市、グリーンクリエイティブいなべ事務局などが協力し、3密を回避しやすい野外演奏会が実現した。
この様子を、3年生のメッセージとともに伝えたい。
「明日はきっといい日になる」「ふるさと」など、誰もが口ずさめるポップスや童謡を中心に、明るい曲がバウム(大屋根)の下で次々と奏でられる。
副部長の吉田奏子さんは、評価されることが少なくなり演奏の質を保つ難しさを感じた。「コロナがなければもっとできたとは思います。でも、いまこの状況でできることをしました」
悔いがにじむ。1か月に満たない練習期間、必死に音楽を作り上げようとしたのだろう。
楽器をはじめたばかりの1年生は、ダンスなどの演出で活躍。曲に合わせ客席から手拍子が鳴り響く。
もう一人の副部長、松宮伊澄さんは、入部した当時を振り返った。
「音楽も楽器も分からなかった。部活を続け音楽を理解して、音楽を通しお客さんと会話ができると思った」
先輩の背中を追う1年生もいつか、音で多くの聴衆と会話をするようになるのだろうか。
アンコールは大中吹奏楽部伝統の一曲「風になりたい」。
管楽器の音色、歌、ダンス、客席からの手拍子で、会場が一体となる。
「3年間いろいろなことがあった。けんかをすることもあったけど乗り越えられた」
と、コンサートマスターの森愛菜さん。
「後輩たちには音楽の楽しさを知り、礼儀作法にも気を付けて、大安中学校吹奏楽部らしいいい部活にしてほしい」
仲間にこれからを託す、潔い決意を語る。
設備の整わない野外の会場。足りなかった練習時間。
万全の準備を経てホールで行うより、ずっと苦労したことだろう。
30分の演奏を終え、盛大な拍手を受けると、部員たちは笑顔を輝かせた。
部長の山北みおさんは、今年は部としてできることが少なくなり、活動を支える皆さんに感謝の気持ちを伝える場がなくなったことを辛く感じていたそう。
「今回の演奏会で伝えることができた。私たちの活動を支えてくれるすべての人に感謝の気持ちでいっぱいです」
そう、大中吹奏楽部にとって、演奏会は単に曲を披露するだけではない。
音楽の楽しさ、仲間との時間、自分たちの成長を支えてくれた多くの人に、感謝の音色を届けるためにある。
音楽で会話をし、自分たちの想いを伝えた部員たち。
3年生は理想どおりの引退を迎えられなかった。
1年生、2年生はこれからの活動に不安もある。
しかし、今日の演奏の出来栄えを尋ねると、返ってきた答えは
「120点!」
(左からインタビューに協力いただいた吉田さん、松宮さん、山北さん、森さん)
彼ら、彼女らにとって、少しの曇りもない完璧な夏の1日。
この演奏会が、それぞれの素晴らしい未来を奏でるきっかけになればと願う。
【Credit】
〈取材撮影ご協力〉
大安中学校
〈撮影・取材〉
いなべ市役所 企画部 政策課
〈取材日〉
令和2年8月8日