人が、人を想う。
そして、その優しさに警戒心がほどけ、心が洗われる。
いなべ市藤原町鼎では、地域の人と出会うたび、皆優しいから、話を伺うこちらまで自然と屈託のない笑みがこぼれてしまう。
スマホと向き合うばかりの毎日の中で、忘れかけそうになっていた感覚が蘇った。
そう、笑顔は連鎖するのだ。
ネット上で批判が批判を呼び込む負の連鎖を横目に、鼎では、現代の悲しい風潮など消え失せそうなほどに眩しい無邪気な笑みであふれている。
「よかったら、あなたもここで一緒に笑って話しませんか?」
笑顔の花が咲くところには、必ず、その心を映し出すスポットがある。
今回は、鼎地区のスマイリーな西脇一也さんと伊藤憲朗さんをナビゲーターに向かえ、神秘と歴史浪漫を感じさせてくれる、清司原神社、鼎塚の魅力に迫る。
清司原神社で整備作業を行う、氏子総代長を務めて6年目の西脇一也さん。
西脇一也さんを含む3名の総代が、春祭り、前半の大祓、秋祭り、新嘗祭、年末の大祓、元旦祭といった年6回の行事をとり行うほか、社の管理や、2月の伊勢代参の送迎などを務める。
清司原神社の境内には、2本の御神木杉がありパワースポットとなっている。
こちらの杉は2本ある御神木のうち、大きい方のもので、神社の本殿奥にある。
根回りは6.1メートル、樹齢は約600年とされ、昨年、御神木の看板を西脇一也さんが立てた。
歴史愛好家に、隠れた名スポットとして熱い視線が注がれる鼎塚。
ここは、1600年の関ヶ原合戦で西軍の島津軍が敵中突破して薩摩へ帰還する際、島津の戦死者を地元の人々が弔った塚として伝承されている。
以前は、塚の頂に立派な一本松があったのだが、枯れてしまったため現在は新たな松を植え、大切に育てている。
伊藤憲朗さんによると、鼎塚の整備や管理は「平成会」という地元の男性が中心となって担い、定期的な草刈りや、松を鹿の食害から守るための管理も行うということだ。
島津軍を想起して、ポーズをきめる伊藤憲朗さん、太田卓美さん、西脇一也さん。
毎年8月には、鹿児島県日置市の小学生らで結成された「関ヶ原戦跡踏破隊」を迎え入れ、ともに島津軍を偲ぶおもてなしを実施している。
鼎の要は、外の人の受け入れに抵抗がない、寛容な気質だ。
「常に肯定的」で、何事も「想いがあるのであれば、一度はやってみ!やれやれ!」と後押ししてくれるそうだ。
だから、鼎には笑顔があふれている。
皆さんが笑うから、またここに来たくなった。
一人よりも一緒の方が愉しい。
そうして思い起こされるのだ、「よかったら、あなたもここで一緒に笑って話しませんか?」と。
【Credit】
〈取材撮影ご協力〉
清司原神社 氏子総代
西脇 一也さん
鼎グリーン・ツーリズム委員
伊藤 憲朗さん
平成会
太田 卓美さん
〈撮影〉
高橋博正写真事務所/山の上スタジオ
高橋 博正
〈インタビュア〉
いなべ市役所 企画部 政策課