藤原岳の麓から流れ出る湧き水で育った鱒は、甘みを帯び川魚特有の泥臭さを一切感じない。
石灰山である藤原岳の湧き水には、カルシウムが豊富に含まれ、不思議なことに年中変わらず12〜13度の一定水温で保たれている。
これらの環境は、養鱒にはもちろん、本来この地に住む魚を保全する活動にも非常に適していると代表の鹿島清孝(かしまきよたか)さんは話す。
鹿島さんは三重大学水産学部を卒業後、鳥羽で真珠の養殖、琵琶湖や北海道でもさまざまな養殖の研究を行ってきた。
そんな中、人伝に声を掛けられ、50年程前に地元四日市からいなべに移住。
山深く電気も通っていなかったこの地を、自ら切り開き養鱒場をつくった。
最初はニジマスの養殖からはじめ、名古屋など近隣都市の問屋に卸す日々の中で、元々興味のあったアマゴの養殖事業を試みる決意をする。
アマゴの養殖事業は当時日本で前例が無く、知れば知る程その魅力に取り憑かれ、全国各地アマゴの生息地へ捕獲に走ったという。
そして…2、3年の月日を経て見事成功。鹿島さんはこの地でアマゴ養殖事業の第一人者となったのだ。
その後も近隣都市への卸業を主としていたが、時代が進むと同時に養鱒場周辺の道も整備され、車社会になったことから、市場へは出さず、地元で販売しようと決意。
鮮度の良い鱒を消費者に提供するためにも、生産地=消費地という観点を大切にしたいと思い、30年ほど前に釣り堀としても開業。
釣った鱒をその場で食すことの出来る食事処「鱒乃家」も隣接してつくった。
山を切り開いた場所なだけに、釣り堀はたくさんの木々に囲まれており、大自然の中で釣りを楽しめるのが藤原養鱒場の魅力だ。
ニジマスやアマゴはもちろん、イワナに鯉などが、澄んだ清らかな水で悠々と泳ぐ。
竹でできた手づくりの釣竿を100円で借り、無料の餌を付けて後は鱒が食らい付くタイミングで引き上げるだけ。
釣りを経験したことのない人や、小さな子どもでも十分に楽しむことができる。
日々餌をたくさんやり過ぎることなく、ゆっくりと育て身の締まった鱒をつくるのが鹿島さんのこだわり。
そして、「釣った分だけ食す」のが、ここのルール。持ち帰ることもできるが、ぜひ「鱒乃家」で直ぐ食べて欲しい。
慣れた手つきで、あっという間にその場で数匹の鱒を下処理する鹿島さん。
湧き水で締めた鱒の刺身は、歯応えがたまらない。
ぜひ、一度味わって欲しいのは鱒の塩焼き。塩焼きにする鱒は腹を裂かず、エラからハラワタをとる下処理が鹿島さん流。
昭和の雰囲気漂う趣ある店内で、七輪で自ら炭焼きして食べることができる。
鱒のフライも絶品だ。フライの場合は骨抜きの処理までしてもらえるので、そのままかぶりつくことが出来る。
さくさくとした衣と鱒の甘みが口いっぱいに広がる。
人生の半分以上、この地で魚と向き合いながら暮らす鹿島さんは、「いなべで育った純粋な魚を市内の川に戻し、以前の生態系に近づけたい」と話す。
5〜6年前、大雨で土石流が発生し、養鱒場に流れ込んだ。
養鱒場の水は員弁川の支流でもあることから、長年育ててきた鱒は、ほぼ全て土石流と共に流れ出てしまったという。
残ったのは土砂だけ…そんな絶望的な状況のなか、養鱒場再開に向けて力を貸してくれたのは地元の人たちだった。
「他所から来たのにも関わらず、地元の人たちの協力があったからこそ再開出来た。立ち上げ時より本当に親切にしてくれている」
と、この土地に住む人々のあたたかさと優しさをかみしめるよう話してくれた。
数年この場所と水で育った魚であれば、十分「いなべの魚」とも呼べるが、数十年にわたり築き上げて来たものを元通りにするのは、まだまだ時間がかかるそうだ。
この地ならではの自然環境だからこそ養鱒が継続出来る反面、自然と共存するための「場所づくり」も大きな課題となる。
「今後はもっと地域と連携し、これからもこの場所を、魚たちをずっと守り続けていきたい」と鹿島さんは話す。
◆ 藤原養鱒場(鱒乃家)
【住所】三重県いなべ市藤原町山口2178
【電話】0594-46-2158
【営業時間 】10:00~15:00(入場は14:00まで)
【定休日】火曜日(臨時休業あり)
【Credit】
〈取材撮影ご協力〉
藤原養鱒場(鱒乃家)代表 鹿島 清孝さん
〈撮影〉
ウラタタカヒデ(鈴麓寫眞)
〈インタビュア・テキスト〉
企画部 政策課